kyoneco’s blog

教育、数学、統計といったテーマについて考えていきます

自然実験の有用性

自然実験は、社会制度や歴史的な偶然から、あたかも原因が操作されたかのような状況を利用して因果関係を推定する手法です。2021年のノーベル経済学賞では、社会の変化の前後を比較し、労働市場の分野で業績を残したアメリカの大学の研究者3人が選ばれています。彼らは、
個人や家計、個々の企業単位をのデータを利用して、因果関係を推定し労働市場などにおける重要な社会問題に応用しています。

社会科学系の分野では自然科学の分野とは異なり、背景条件を厳密に調整して実験することが困難な場合が少なくありません。そこで、自然実験の手法が注目されるのです。自然実験の具体例についてまとめました。日本での例はネットを簡単に調べる限りあまり多くはありません。コロナウイルス感染症の流行は社会に大きな変化をもたらしました。これは一種の自然実験として各分野でさまざまな効果が検証されていくことと思います。

例1 生まれる月と教育年数の増加と所得との関係
米国では制度上の理由から10~12月生まれは1~3月生まれより義務教育期間が長い場合が多い。それを自然実験として教育が所得に与える因果関係を推定し、教育年数の増加は所得を増加させるとした。

例2 最低賃金の雇用に対する影響を推定した研究
最低賃金の引き上げは貧困対策として支持されるが、雇用を減らす懸念もある。ペンシルベニア州東部と同一の経済圏に属するニュージャージー州で、1992年に最低賃金が引き上げられた。このとき低賃金労働者が多いファストフード店の雇用変動を調べると、最低賃金が引き上げられたニュージャージー州の雇用はペンシルベニア州東部に比べ若干増えていた。

例3 ベトナム戦争への従軍経験が所得に与える影響
従軍経験の有無はお金を稼ぐ能力と独立とはいえない。体力のある人が軍に志願する場合や、民間での就職が厳しい人が軍に志願する場合もあるためだ。ベトナム戦争期間中の徴兵が一部くじ引きで行われたことを自然実験として行われ、従軍経験が所得を低下させたことが示しされた。

例4 キューバ難民のフロリダ州マイアミへの大量流入 アメリカ人の賃金の関係
キューバ難民のフロリダ州マイアミへの大量流入の状況が自然実験に用いられた。半年ほどの間に12万人ものキューバ難民がアメリカに到着した。マイアミの人口をおよそ7%増加させるほどの大きなインパクトであったにもかかわらず、マイアミのアメリカ人の賃金は低下しなかった。

例5 日本 生活保護の給付水準の「意図せざる」上昇が、労働者の労働供給に与える効果
市町村合併により級地が上昇した自治体では、最低生活費の外生的な上昇が生じる。市町村合併に伴う級地変更が就業率の変化に与える影響を検証した。 貧困率生活保護の受給傾向の高い、母子世帯および単身世帯に注目し、25〜49歳の配偶関係別、性別の就業率を検証した。結果、未婚の男女について、市町村合併前後の期間のみに、統計的に有意に就業率が低下した。

例6
日本では、69歳から70歳になると、外来患者が非連続的に10%上昇する。医療費負担が3割から1割に減るので、70歳になった途端に医者にかかる人が増える。

 

例7 ニュージーランド 深夜酒類販売規制後の暴行事件発生率の変化 自然実験

Addiction . 2021 Apr;116(4):788-798.  

深夜にアルコールを入手することを国が規制することが、週末の暴行による入院の変化やアルコール関連の暴行へのどのように影響するかみたもの。 規制後,週末の入院は 11%減少し15 ~ 29 歳で最も減少した。夜間に発生した警察記録に基づく暴行の割合は1.8%の減少がみられた。

 

例8 COVID-19に関連する学校閉鎖が青年期の睡眠に及ぼす影響:自然実験による検討

Sleep Med . 2020 Dec;76:33-35.

2020年のCOVID-19パンデミックの発生時、高校は閉鎖または遠隔授業に移行した。学校閉鎖が、定型発達の青少年の睡眠行動にどのような影響を与えたかをみたもの。通常通りの学校があるときと比べて、睡眠は2時間長くなり、睡眠の質の向上、日中の眠気の減少がみられた。高校の始業時間を遅らせることが、睡眠時間の延長、睡眠の質の向上、日中の眠気の軽減、就学中の青少年のストレス軽減に有効であることを示した先行研究と一致した結果だった。

 

例9 入院患者の高血糖管理における基礎-ボーラス型インスリン療法への変更-自然実験

Endocr Pract . 2019 Aug;25(8):836-845.  

入院中の高血糖を管理するために、スライディングスケールや基礎ボーラス式インスリン療法がある。後者の臨床的有効性について、2型糖尿病患者と新たに診断された2型糖尿病患者でその効果の大きさが異なるか評価したもの。ある大学病院に入院中の非重症の成人2型糖尿病患者10,120人を対象に,基礎-ボーラス型インスリン療法プロトコルを病院全体で実施する前と実施後の転帰を比較した。非重症入院患者の高血糖を管理するための基礎-ボーラス型インスリン療法の使用は,高血糖低血糖の両方を有意に減少させるにもかかわらず,新たに糖尿病と診断されたごく少数の患者を除いて,短期的な臨床転帰を改善させないことが示された.