kyoneco’s blog

教育、数学、統計といったテーマについて考えていきます

教育とエビデンス

医療業界では、エビデンスに基づく医療はもう当たり前です。各学会が出しているガイドラインには対象となる疾患の診断や治療について、標準的に行われるべき内容が記載されています。その根拠となるのが、その分野での研究論文です。これは臨床試験が実施され有効性が統計的に意味のあるものであるということを確かめたものをまとめたものです。

生理学的な知識からのこうなるだろうといった推論は行われることはありますが、それが実際の患者さんで有益かどうかというのは異なること場合があります。例えば、薬剤投与において、原理的に有効と予想されるが実際に投与してみても、その効果がなかったということがあるのです。現代の医療では、臨床試験を通して治療の効果が確からしいものを用いているのです。

 

では、教育についてはどうでしょうか。各学校や先生たちがそれぞれ生徒の成績向上によさそうだという視点で授業していると思いますが、統計的に意味のある結果を模索したものでしょうか。これを調べるためには、例えば、数学において、2つの教授法があったときに、成績や背景が同一とみなせる2つの集団にわけて、その教授法によって試験の成績の違いに差があるかというのを比較すること(ランダム化比較試験)が考えられます。いくつも教授法はあるように思いますが、優れている方法というのを模索した研究はあるのでしょうか。もしあるのだとしたらそれを用いたほうが学力向上にとっては合理的ということにはなります。

教育においてもエビデンスに基づいた教育が行われるべきと考えます。教育に多額の公的投資をしている以上、その費用対効果はきちんと評価されなければなりません。それも統計的手法を通した上です。少なくとも公教育においては、授業のガイドラインが本来はあるべきなのです。一定の水準に到達させるために、コストは最小で、成績がもっとも向上する方法を模索・開発しつづけなければなりません。すべての学校でこういった実験的な教育は行うことは労力の観点でもコストの観点でもできませんしそうするべきではないでしょう。可能であればある一部の実験校で教授法が開発されそれを評価したうえで、全体に適応するようなモデルをつくっていく必要があります。

簡単に調べる限り、日本では教授法を一覧化しエビデンスレベルでまとめたものは見当たりません。エビデンスをかたる教育学の論説はみかけますが具体的に生徒の指導に用いられるレベルのまとまったものがないのです。方法論の論評だけでなく、実際に有効だと期待される方法について、介入試験して結果をだすというのが研究者のあるべきすがたにも思えますが。

 

海外、特にアメリカでは教育へのエビデンスが重視されています。エビデンスデータベースとして、有名なものに、キャンベル共同計画、ジャミール貧困アクションラボ、インパクト評価に関する国際イニシアティブがあります。キャンベル共同計画は、社会、行動、教育の分野における介入の効果に関して,人々が正しい情報に基づいた判断を行うための援助することを目的する国際的な非営利団体です。キャンベル共同計画については、日本語でその抄録の一部が翻訳されています。

https://crimrc.ryukoku.ac.jp/campbell/

「就学前の言語能力は、学校における読解力の向上と関係している」という報告の抄録では、その結果として、

言語理解(例:語彙と文法)と記号に関係する能力(例:音韻に対する意識と文字に対する認識)の双方に関係する種々の能力は、言語を読み解く能力、ひいては学校における読解能力の発達にとって重要である。したがって、読解能力の指導は、広範な言語能力に焦点を当てれば上手くいく可能性が高い。

 

・記号に関係する能力(例:音韻に対する意識と文字に対する認識)は、単語の理解を通して、間接的に読解力と関係している。

・言語に関する理解力は、直接的に読解能力と関係している。

・記号に関する能力と言語に関する理解力は、密接に関連していた。

・言語に関する理解力は、年少者よりも年長の読み手において、より読解力にとって重要だった。

 

キャンベル・システマティック・レビュ ー』2017年14号に掲載されたHanne Næss Hjetland, Ellen Irén Brinchmann, Ronny Scherer, Monica Melby-Lervåg による「後の読解力に関する就学前の兆候」(DOI 10.4073/csr.2017:14)に基づき作成された。

とまとめられています。抄録の翻訳なので本家(

https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.4073/csr.2017.14

)にあたって評価すべきだと思いますが、科学的な根拠のある教育手法の事実をこのように入手できるのは貴重です。

ちなみに本家での結論は、

In summary, we argue that the results of the present review may strengthen preschool practices and increase our ability to provide children rich opportunities for literacy learning.

です。就学前、要するに小学校にあがるまえに、言語能力向上を目的とした教育が行われれば、小学校にあがってからやそれ以降の読解力が向上するかもしれないということです。

費用対効果の観点からすれば就学前教育への投資がよさそうということになります。このエビデンスをもとにすれば人間は後戻りできないので就学前の言語教育できる環境であれば積極的にしたほうがよさそうだと判断できます。